キヨカのブログ

半永久的夏期休暇自由研究

RATatuilleあるいはラタトゥイヤー(ねずみ年ですね)

海外一人暮らしも二年目に突入し、全然そんなつもりはなかったんですけど、やるしかない。
生きていくには食べることが必要不可欠で、その食べるといってもただの栄養吸収じゃイヤで、だからといって学生じゃ毎日外食に行くというわけにもいかない。
 
 
じゃあどうするのというと、自炊ですね。
自ずから炊かねばなるまい。
 
元から料理は苦ではないし、作れる方だとは思っていたけど、その"作れる"にも日本国内の恵まれた条件あってこそだったのだなと気付くことも多々あります。
 
加熱方法一つとっても実家だったらコンロ×4、グリル、オーブン兼電子レンジとトースターとあったわけで、同じ材料でも味が全く変わってきます。
 
こちらはだいたいは共有キッチンで、お味噌汁を作ったままコンロの上に置いておく、なんてことができない。
 
 
あと一番難しいのが量。
 
自分の身長以上の冷蔵庫付きの部屋に学生が住めるなんて稀で、買いだめもできないし、冷凍ご飯だけで冷凍庫はギチギチです。
 
大鍋があって、いっぺんに調理できて1週間食べ続けるのが可能だとしても私には飽きっぽいので難しい。
 
もちろん手に入る食材も違うから、日本でできた料理がこちらでできるとは限らない。
 
日本で激安のもやしや豆腐みたいなお助け食材もこちらでは高価で、お肉もしゃぶしゃぶ用の豚バラスライスなんてスーパーで売ってないし...!
 
 
という環境にいると自然と自分だけのために作るレシピに関してはレパートリーが決まってきます。
 
 
そのなかでもダントツなのがラタトゥイユ
 
いまいちどこで切るのかわからない単語ですが(ラ・タトゥイユなのかラタ・トゥイユなのか)、のちにご紹介するように私が作るのはもう本家がみたらひっくり返るくらい何段活用かした挙句に色以外あまり原型を留めておらず、もはやそう呼ぶべきかわからない域にいるので、大丈夫です。切り方がわからなくても。ここでは。
 
一時期ズッキーニに激ハマりしていたことを除けば、特別トマト味が好きなわけでもないのに、ましてや生粋の米派のジャパニーズでフランスのニース出身でもないのに笑、安心するのですよね。
母がよく作り置きしていたことのもあるのかもしれないけど、冷蔵庫にこの色合いを見ると安心する。
なにせサラダであり、煮物であり、スープであり、ソースですからね。
 
レシピと呼べるようなものでもないのですが、例えば今日作ったのは...
 
・一欠片
にんにく
生姜
 
・各0.5~1個
ズッキーニ(黄)
なす(日本でいう米ナスサイズ)
玉ねぎ(大)
パプリカ(黄)
 
豚バラ 一枚(5mmくらいの厚さ・ベーコンの長さ)
豚ひき肉でもいいです、なんでもいいです
ベーコン・ソーセージなど加工肉でも
 
オリーブオイル
トマト缶
ローリエ(あれば)
醤油
だし
 
で、深めのフライパンで作りました。
 
もう多分わかる人が見たら材料を見ただけでわかるくらいなので書くのも憚られますが
 
にんにくと生姜の切ったのを入れて香り付ける
豚バラとか調理用ハサミで切って一口大かそれ以下で入れる
豚から油が出るので様子を見つつオリーブオイルを足す
野菜は輪切りとか乱切り、パプリカとかめんどくさいのでもはや手でちぎる、大胆に切った方がめんどくさくないだけじゃなく見た目もいい。
玉ねぎ→ズッキーニ→なす→パプリカの順、なすは火が通りにくいので先に少しレンチン
全体に火を通す(ズッキーニとパプリカは少し歯ごたえが欲しければそこまでやらない)
トマト缶を丸ごと入れる
この時点で味見、トマト缶の塩気が強いので「だから『基本の塩胡椒入れなくていいの?』ってさっき突っ込まなくてよかったのか」と自分でちゃんと確認、もちろん足りないと感じたら入れればいい
小さじのコンソメでもう一回味見
今回少し和風にしたかったので私は醤油と液体かつお出汁をそれぞれ一回しいれました
ローリエ?とかわかんないので多分ここら辺で入れる
 
で完成!
 
よほどのことがなければ、とりあえずカラフルな見た目は誰だって合格ライン取れるはず。
作りたてであったかいまま食べてもいいし(私は今日ご飯にかけて食べました)、少し冷まして味を染みさせて冷菜・前菜としても出せます。
夏はかぼちゃとか入れてもきれいだし、根菜系は基本的になんでもいけます。
 
冷蔵保存で4-5日?は持つので、パスタにかけてもいいし、パンに乗せてピザトースト風にもできるし、鍋に入れっぱなしで火通さないととなったらカレールー入れてもいいし、水足してスープにもできます(一人分だけでも)。
トマト味ということもあってチーズと基本的に相性がいいので、合わせるチーズを変えるだけでも印象が変わるはず。
 
あと生のトマトが嫌いでもトマト味が嫌いっていう人があまりいないのと、ベジタリアンヴィーガンの友達がいたらお肉とか抜きでも作れます(ていうか本来そうらしい)。
 
 
とかひとしきり書いてみたあとで『レミーの美味しいレストラン』の原題がRatatuille(ラタトゥイユ)だったな、と思い久しぶりに観たら出てきたラタトゥイユがとんでもなくおしゃれだったので、レミー(主人公のネズミ)に完敗しました。
 
以下は映画を久しぶりに見て思ったことをちらほら。
 
まず食べるという行為について。
 
単に食べるのではなく"味わう"行為ができる稀有なネズミとして(普通のネズミは残飯が主食で、食べ物が見つかればいいレベル)レミーが登場するわけで、そこで鑑賞者の笑いを誘っているのですが、これ、笑っている場合じゃないなと思ったのが同じ人間間でもこれくらい食べ物に対する姿勢が違うことがある。
 
食べる行為は生死に関わっている且つ最終的には個人単位の選択だと思っているので、人の主義嗜好に口を出したくないのですが、私はどちらかというとレミー寄りで、自分が食べて美味しいと感じるものはある程度自分で作れるようになりたいし、いろんな味を試してみたい派ですが世の中どうもそういう人ばかりではないのだな、と思うことが家どころか国、もはや大陸か、を出てみると多々あります。
 
辛口批評家にいざラタトゥイユを出すのだ!となったときにpeasant(農民)のレシピじゃないか!と揶揄されているシーンがある。
でも日本でもよくありますよね、玄米が白米より栄養があると見直されたり、まじ農民なめんなよってわけ。
見た目がファンシーなだけで、意外と材料は素朴、っていう料理もたくさんある。
 
 
あとは英語での言葉遊び。
 
ラタトゥイユ」と聞いたときにRATatouille(rat=ネズミ)みたいだねとリングイネが笑う、ってそんな名前のオメーはくるくるパーマのパスタじゃねぇか、コック帽の中のレミーに髪引っ張られすぎて円形脱毛症になるんじゃねーの?代わりにパスタでも被るの?ねえ?
という感じなんですけど、このなんともいえない無知からくる偏見というか、もしかしたらこんな勘違いから映画のプロットが浮かんだのかな?というのも面白い。
 
あとネズミに関する表現で"rat out"(告げ口する)が出てきて、本当に文字通りというか、「ネズミがいるのを衛生局にバラす」っていうシーンで使われてました。
ディズニーこういうのほんと上手ですよね。
 
アクセントでいうとフランス訛りの英語も聞き取りにくくて絶妙なテイストを加えているのだけど、フランスが舞台で本来登場人物は全員フランス語なはずなのに英語で訛ってるって微妙におかしいなと。
フランスでフランス語で公開するときはどうしていたんだろう?
 
 
とここまできたら私のネズミ体験記も話さなくちゃ。
 
ヨーロッパはゴキブリじゃなくてネズミというのは本当で、どっちの方が嫌ですかと訊かれたらどちらも等しく嫌です。
 
いない方がいいに越したことはないし、それぞれ違う脳の不快指数を司る部位を刺激していて、本当に宇宙ってうまくできてるなと思うくらい。
 
 
今ここで比較することはしませんが、私の経験を二つばかり。
 
先日帰省後キッチンの下段を開けたら乾燥わかめと中華だし粉末の袋に穴が開けられ、中身がマリアージュしてスポンジボブ・ワカメパンツ爆誕しておりました。
粉末の、それこそ一抹の水分を吸い上げたワカメが増えてました。
増えるワカメちゃん....
 
またあるときはうっかり開けっ放しにしていたオリーブオイルのボトルがネズミの入水自殺ならぬ入油自殺場と化しており本当にびっくりしました。
結構大きいのに、ペットボトルの蓋の半分ほどの直径にどうやって入ったのかわからないほど。
 
 
あとは余談オブ余談なのですがラタトゥイユについて書いていて「家族的相似」という言葉を思い出したので書いておこうかな。
 
元は哲学者のウィトゲンシュタインによる分類学的な用語であると記憶しているけど、その応用性は幅広く、文化人類学認知科学でもよく用いられています。
今何も見ない状態で、私の言葉で説明しようとするならば(論文を書くときはやめましょう)、以下のようになります。
 
家族を家族たらしめるものはなんだろうか。
そもそも現代の家族そのものが極めて近代的な産物であることはさておく。
核家族のみに絞ってみても、父と母は法律的に結ばれており、その子どもは生物学的に母親似であったり父親似であったりする。
兄弟は母から生まれ、同じ遺伝子を受け継ぐ。
父と母は共に働き子どもを育てる。
一見至極普通のことのように聞こえるが、分類学的に考えてみると非常にモザイク的であることがわかる。
部分的な要素が最終的に家族を作り上げているだけで、家族は「家族である」こと以外に家族とされているメンバー全てが共有する共通項がないのである。
つまり家族を厳密に定義しようとすると同語反復的になってしまう。
それでもお互いが家族であるという認識がある。
先ほど核家族をあたかも自然に例として述べたが、母子家庭や親戚まで広げた家族、または血の繋がりを持たない家族に関しても同様のことが言える。
 
『想像の共同体』というナショナリズムに関する名著があるが、曖昧な民族内で不思議と連帯意識が生まれるのであれば、それが家族という比較的小さい単位に置き換えても同様のことが起こりうると考えてもいいのかもしれない。
 
話を戻すと、ラタトゥイユは「家族的相似」的に捉えられるといい。
先ほどの適当すぎるレシピから分かる通り、どこで切り取ってもラタトゥイユだし、書いていないものを足してもラタトゥイユなのだ。
流石に"どこで切っても"といってしまうと「玉ねぎのトマトソース炒め」とかまで切り刻まれてしまうとアレなんだが、pre-ラタトゥイユとして捉えればギリギリいける、いや、いけないか、あくまで「ない材料がなくてもそこまで焦らないでくださいね」という範囲内の意味だ。
こんなわけのわからない記事を映えある2020年の1月に読んでいる人のなかで、そんなところに揚げ足を取ってくる人はいないだろうが、一応ね、一応。
 
こういうレシピは楽だ。
都合がいいから名前はそのまま使い続けられるだろうが、原型にこだわる必要はない。
ラタトゥイユ”風”みたいになってしまってもいい。
 
 
一人で自分のために作る分には、そこまでこだわらなくていいんじゃない?
この「こだわる」にも語弊があって、必ずしも時間をかけたり選び抜いた材料を使用することだけがこだわりでなくてもいいだろう。
時間をかけず、あるものを使うことが一種のこだわりと呼べるときもあると思う。
前にも書いたかもしれないが、improvisationとopportunisticは生きる上で常に携えておきたい考え方の一つだ。
とかいっておきながら私はどうしようもないところでどうしようもなく完璧主義なのだが、そのどうしようもなさを見直すために、定期的にラタトゥイユを作ることにする。
 
 
 
 
 
関連記事や本など

dailyportalz.jp

↑こういう記事があるからインターネットはやめられない。

omocoro.jp

↑古き良きテキストサイトっぽい記事...

 

f:id:heavyd:20200123053423p:plain

http://www.littlemore.co.jp/store/products/detail.php?product_id=977

↑按田さんにとってのチチャロンが、きっと私にとってのラタトゥイユ

 

f:id:heavyd:20200123054117p:plain

https://www.shinchosha.co.jp/book/507031/

 ↑え、新訳でたの?分厚くない?と思ったら新訳なんだけど、私が読んだことがあるのは『味覚の生理学』だけ?だったのかな?わからない。数年前になんとなく大学の図書館で手にとって読んだ感想はプラトンの『饗宴』までではないにせよ、タイトルからの話の逸れ方がすごいな、だった。食事に関する話って、単に食べ物の話だけじゃないんですよね。

 

f:id:heavyd:20200123054712p:plain

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309028309/

↑日本に帰省中、 どの本屋でも割と目についたので待ち合わせ前に「生命式」だけ読みました。装丁から「あ、人が殺されて食べられたな」と瞬時に内容にリンクできるのがいい。私の生命式を行うなら、そうですね、できるだけ美味しく食べてもらいたいのでまず普段からの食事に気をつけます。同じ死を見据えた生き方でも、焼かれるだけのお葬式とは違くなりそう。

 

f:id:heavyd:20200123055542p:plain

http://www.osaka-up.or.jp/books/ISBN978-4-87259-470-6.html

 ↑これずっと読みたくて、タイトルだけ頭に残っていたんだけど見かけたので買ってきました。文庫本でめくっているだけの段階ですがどうしようもなく面白い。穴を持って生まれてしまったばかりに俎上に上げられたドーナツが気の毒。

 

本の画像サイズの変更の仕方がわからないので、紹介する本がだんだん大きくなっているように見えますが、たまたま選んだ順番に大きいだけで私のせいではないです。

読み込みに時間がかかったらごめんなさいっ

ノス滾(たぎ)ルジー、あるいは80年代時代設定クライムドラマ(ACS/AHS/WWK)

まぁ、まず私はバリバリの平成生まれのピチピチの20代ということなので、生まれてもいなかった80年代を懐かしむというのはちゃんちゃらおかしい話なのですが、今風の言葉を使うとしたらエモくないっすか?80年代。

エモいという単語は敢えて使ってはみましたが、本当はあんまり好きではなくて、なんだろう、またあの「新しい単語が生まれることによって従来の多様な表現が集約される」言語の生き物としての自然淘汰的性質以前に、字と意味と音がちぐはぐな気がします。

「エモい」という字面と発音が、エモくないんですよ。

そう考えると「エロい」ってすごいな、カタカナでもひらがなでもえろいし、音もエッッッッロ!!!!

同じ外来語の『接頭辞(emo/ero)+い』で構成も同じはずで、なんなら一字違いでしかないのにこの違いはなんなんだろう。

そういうこというと令和キッズに年寄り扱いされそうなので、エモいの悪口はここまで!

 

正直に告白しますと書いている今は11月22日で、世間ではいい夫婦の日だのno nuts Novemberだのイベント盛りだくさんで、ハロウィンとクリスマスの間にも休ませてもらえない11月、しかも後半なんですね!

(書いてしまったので短めに日英の11月のイベントの捉え方の違いに触れておきますと、日本語では11月を11の並びから「いい〇〇」として記念日化しますが、英語ではNovemberからNoを連想し、月全体で「何かをしない」方向に持っていってます。Novemberって呼び名的には日本語に匹敵するのは霜月だよな、とかまた考え始めちゃう)

まぁでもはてなブログのいいところは公開日を過去に設定できる...だから10月31日公開ということにして月一更新という体裁は保たれる...やったァ〜〜〜〜!

自己満足とはいえ何かを形式的にでも継続するというのは、こういう#時空歪みハックが必要となってきますね。(ハッシュタグであなたのハックもシェアしよう!)

 

話を戻して、80年代はやっぱりエモくないかな。

大義のエモいという意味において、エモくないんですね。(因数分解しま〜す!)

80年代って「良い過去」ランキング1位だと思うのですが(下位は知らん)、傍観者が「フ〜ン、そんなこともあったな、良かったな〜」って思うじゃないんです。個人的には。

おそらくその感情が現代っ子の言うエモさで、主体/客体の構成でいったら"傍観者"といって、受動的にしておきながら過去を過去たらしめているのは他でもない彼らなんだよな。

英語でいうと"clystalize the past"という感じでしょうか、いや、よくわかんない、今思いついたわ、うん、でも結晶化/固形化することで過去を現在から切り離すみたいなニュアンスが伝われば^^

一方、私が80年代に抱く思いはもっと参加型というか、80年代に巻き込まれていくイメージ。

80年代が巻き込んでいく。

80年代が主体なんです。

で、この巻き込まれているうちに体の内側から湧き上がってくる何かがあるっていうか...

80年代に接すると滾る、血湧き肉躍るというのが私の80年代に対するスタンスです。

だからタイトルにあるように「エモい」とは別に「ノス滾(たぎ)ルジー」にしちゃった。

絶対広まんね〜wwwwww

 

まあいいとして、この考えの元になったのはおそらく80年代のに青春時代を過ごした両親をはじめとする周りの大人たちの影響が多い、しかも幼少期からの、というのはあるんでしょうが、記事を書きたいと思わせてくれたのは最近見たドラマたちなんです〜

 

まずはVERSACE (American Crime Series 2)という、Netflixで見つけたドラマ。

これはね〜〜〜、以降紹介する他のドラマにも共通するのですが、色使いがすごい。

タイトルにある通りベルサーチ、言わずと知れた大御所ブランド(私の最初の出会いは嶽本野ばら先生の『下妻物語』です笑)のデザイナー、まあベルサーチ、そのまんまかよ、が殺されたんです。

その殺人に至るまでの経緯を主に犯人視点で描いています。

けどそんなことどうだっていいッ!

俺が欲しいのは、カルフォニアの太陽の下に燦然と輝くプール付きの大豪邸が、奇しくもそのオーナの血によって染められる、ギリシア悲劇的情景なんだよッ!

ちなみにベルサーチはイタリア発。

うん。

劇中に出てくる時代考証を重ねに重ねあげた衣装やドレスそのものも最アンド高なんですが、それらの血の色との相性の良さったらない。

全体的には鈍く光るメタリックカラーがまとめ上げているのですが、陽気でゲイな(本来の"明るい"とセクシュアリティダブルミーニングで)パステルがあったり、派手派手なパーティのネオンがあったりと、こんなに色々なで異なった性質の色たちが調和するものなんだろうか....

 

ヴェス・アンダーソンを始めとした画面全体の色にこだわりが強い監督というのは多くいますが、このドラマのすごいところはあくまで当時の時代や状況に即しているところ。

カラーランとかいって一時期ゆとり世代が走りながら色を撒き散らしたりしてましたが、そんなもんじゃねぇから、こっちはリアル・色のトマト祭りだから。

しかもそれでいてカオスじゃない。

目に入れても痛くない!(イナバの「百人乗っても大丈夫」的な)

と私の中の色ヲタ興奮冷めやらぬ中、構成も素晴らしいので触れておくと、犯人は連続殺人鬼であり、大本命のベルサーチを殺す前に恋人だったり、パトロンのおじさまだったりと、殺し歩いているわけで、でもそれが時系列で描かれおらず、むしろ最後に起こったベルサーチの殺人から逆算していく。

だから正直ストーリーを追いにくいところはあります。

でもその構成もことごとく犯人目線で考えた結果なのかな、というか、「まずゴールありき」というか....

 

あとは俳優ですが、私の一押しはベルサーチの妹であり現在もご活躍中のドナテラ役のペネロペ・クルス先輩ですかね...(『それでも恋するバルセロナ』最高だよね〜)

英語のイタリア訛りのアクセント(ペネロペご本人はスペイン出身)から、どギツいアイライン、そして最愛の兄/デザイナーとしての大先輩を亡くした妹としての役柄まで、彼女がやっぱり、生き証人なんですよね。

でもそんな一番の被害者としての彼女を物語の中心とさせない、「崇拝するデザイナーを殺す」ことを最高の崇拝の形とする猟奇殺人鬼が圧倒的です。

 

このドラマが今この現代に作られたことの大きな意味として、やはりセクシュアルマイノリティーの方々のため、というのが一番大きいかもしれません。

トレンドという意味合いではなく、やっとだね、という意味で。

作中の加害者・被害者たち両者がゲイであり、何よりもベルサーチというブランドや本人そのものが彼らにとってのエンパワーメントであり、当時のマジョリティからの偏見が事件捜査を遅らせた、といったようなことも見えてきます。

もちろんそれは本当に現代社会にとっても当時に大事なんですが、私個人としては、まとまったお休みが取れて、もしおうちに大きなハイビジョンのスクリーンがあったら、バスローブと赤ワイン片手に色の洪水に溺れてほしいな...と。

そういう風に見てほしいドラマです。

まずは字幕とかも外して、ストーリー展開も感覚だけで追いかけるものとして、バスローブから出てる皮膚や感覚器官の全てで画面の色から発せられるエネルギーを感じてほしい

没入感ともまた違うんだよな、絶対自分の身には起こり得ないことなんだけど、なんか目から入った極彩色が、その色にしか刺激されない脳細胞を刺激するんですね。

そういった意味で鑑賞体験の内在化が早い、もう考えないうちに体に浸透するわけです。

私は決してドラッグの話をしているわけではないです。

サントラも最高で、私なぜか今年の夏にバイトでよそのお家の草むしりしてたんですけど、聴きながらだとベルサーチ邸の召使いっぽくて無駄に捗りました。

メデューサのモザイクが散りばめられているプールとかはなかったけど。

 

あ、親しみやすい比較対象としては蜷川実花の作品を3Dプリンターで印刷したものを触っている手が映像を見ている感じです、スマホの小さい画面で見てるのに...!?ヘルタースケルター!!!

個人的にはオルダス・ハクスリーとかにも見せて感想聞きたい。

私は隣で「今、あの質感"感じ"ました!?」とか耳元で叫ぶ。

 

次は、友達から教えてもらって見始めたWhy Women Killですね、これもイイ!

これは大まかにいうと60年代・80年代・現代に渡って同じ屋敷で起こった別々の殺人事件、しかもタイトルの通り女性が殺す側、についてのドラマです。

リヒテンシュタインぽい絵柄で、早速殺しまくってるオープニングもいい。

先述のベルサーチと同じで、犯人はもうタイトルと最初の数エピソードでわかっているわけです。

女性の主人公、妻役の人たちがどう考えても男、しかも夫を殺すんだな、と。

ある程度予測がつく。

笑っちゃうくらいこの夫勢がどうしようもないので、(ここ漢字「去勢」ではないです)まあ殺されて当然だよね、となるわけですが、でもその経緯や方法は千差万別で、もちろん時代背景も影響していて...

構成としてはそれぞれの時代を同じエピソード内で入り混じりつつ描いていくわけなのですが、なにせ同じ家で起こっていることなので、風景が被るとことかがあって、そこを合えて被せるようにしていて、場面の切り替えなどがいいです、とてもいい。

でもやっぱりこのブログでは滾り80年代のお話をしているので、ルーシー・リュー先輩が妻役を演じる80年代のパートが全体を通して私はお気に入り!

チャーリーズ・エンジェルキル・ビルと、若い頃もやんちゃさで名を馳せていたバリバリのザ・元祖Badass Bitchな先輩ですが、現在もお年を感じさせないほど。

若ければいいという意味ではもちろんなく、かといって年齢に合った役を演じているからいいというわけでもなく、オーラですね、オーラ。

見た目やファッションもバリバリ現役なのですが、私は特に話し方に惹かれました。

小さい頃に見ていた映画の中では、もちろん日本語吹き替えであったりして彼女の声というのを意識してなかったのですが、アートコレクターで上流階級の、といってもやはり80年代ですから、それでもなんつうかな、とりあえずプライドの高い女性、たまんね〜!

早口で、切り返しも早くて、たまに裏返るのがグッド....

そういう99ツンツンな人がたまに1、ツンになるときがね...(ツン対デレではなくツンツン対ツン

 

ただでさえ少ない読者がほぼ皆無のブログで、そしておそらく日本でも放映しない海外ドラマについて日本語で書いているということは、実際にこのドラマを見る人がこの記事に巡り会う確率は、チャン・ツィー、ファン・ビンビンコン・リー実は人間の皮を被った美しすぎる地球外生命体でない可能性(=限りなくゼロ)とほぼ等しいので、ネタバレしますと、彼女の旦那さんはゲイで浮気していたと。

当時のセクシュアルマイノリティ蔑視の酷さを差し引いても、バレた時の夫の開き直り方とか最悪なんですけど彼女はそれでも、今までとは違う形でパートナーとして向き合うことを選びます。

それで当てつけとして親友の息子(年の差20歳以上)とかと関係を持ったり、それでその親友に殺されかけたり、はちゃめちゃなんですけど、それでも夫婦二人がお互いにぶつかり、向き合うという事実は揺るぎないんですよね。

その関係の模索の描き方としては、グザヴィエ・ドランの『わたしはロランス』とかとも似てるかな〜あれも色使い最高なんだよなぁ〜〜〜

でもさっき言った通り、プライドが高いって大事だなと。

譲らないところを「譲らない」と言い合えることって、譲らない自分を相手に明け渡すという意味では譲っているんだよなァ...

 

もう衣装とかはすごいですよ、肩パッドの形とかアイシャドウの色とか「なぜ?」っていうくらいなぜ??????なんですが、絶妙にまとめ上げられてます...

やはり異なる三つの時代を、ドラマで鑑賞者に一発伝えるためには言葉じゃなくて画面全体の色使いやファッションが効果的なんですよね。

あ、ここで時代が切り替わったな、と。

切り替わってはいるけど、1エピソードやドラマ全体としては1つのものとして成り立たせなきゃいけないので、そこの匙加減もイイな〜〜!

 

タイトルからして「やっぱ女って怖えな〜www」と外野がうるさそうですが、敢えてそういう突っ込みやすさを提供してやってんだよ、といったさらに高次の、本当の”怖さ”があることが物語全体にちりばめられておりますのでね、玉がある人は玉ヒュンならぬ魂ヒュンも楽しんでほしいですね。

 

最後はAmrican Horror Stories 1984 (AHS 1984と訳されることが多いね)ですね、これはですね、もう推しから入ったドラマなんですけど、その推しというのは外でもない、

コーディ・ファーン様で〜〜〜〜す!!!!(カタカナ表記、歯が浮いちゃったので以下Cody様て言わせてください)

AHSはシリーズもので、こちらは9個目ということで、でも他のシリーズは特に見たことありませんでした。

一回Netflixで見たの、フリークショーみたいなシーズンで、いくら画面上に血がほしい時でもなんかソリが合わなかったので1エピソードでやめたかな..

え〜、この #私の橋本環奈、もといCody様、すぐ死ぬんですよ、#推しすぐ死にがち

というか先ほど紹介したベルサーチにも出ていたんですよね、結構重要な役で(犯人の元恋人役、もちろん殺される)、でもそのときはもう本当に被害者でしかなくて、影を薄めに設定している役柄だったのですが、こっちでは死ぬといっても死に方もすごいし、なんなら生き返りますから。

ありがてぇ!

 

あ、引き続きネタバレすみません。(もうあんまり申し訳なく思ってない)

推し最優先で順番が逆になりましたが、全体のお話としては、夏のキャンプ場で起こった大量殺人事件の真相解明プラス被害者の真犯人への仕返しってところか。

なんか、モノホンの悪魔とかも出てきちゃうし、死者は生き返るしでゾンビフェス状態です、やった〜!

キャンプ場だから屋内外で色々豊富なので殺し方も色々あって、でもむしろ全部非現実的すぎて見ていて「イテテテテテテテッ」とはならないですね。

スティーブン・キングが原作とかだったらもっと作品全体の雰囲気が見ていて悲しくて辛いのかもしれないですけど、何しろゾンビフェスですから、YouTubeとかで「死んでみた」とかやりそうなの、みんな死なないから。

マイケル・ジャクソンのスリラーか、そういうことです。

 

推しはやはり私の中で一番なので、個人的には主役なんですけど、それはさておき最後まで主役がはっきりしないのがこのドラマの特徴です。

でも女優さん方が全体的にいい味を出していますね。

個人的には主役候補が三人いて、三者三様、生死かけて豪快に戦ってます。

でもな〜〜〜〜もうちょっとBadass感ほしいな〜〜〜全体的に。

役柄とかじゃないのよ、殺人とかの行為でもないのよ、圧倒的なオーラがほしい。

 

滾りポイントとしては、あんまりよく覚えていないけど「80年代は永遠よ」みたいなセリフ。

死してなお(ゾンビ化してなお)、2019年にいる私たちにも「いかに80年代がすげかったか」としての誇りを画面越しに伝えてくるんですね。

ほんとに、ハイレグの下にスパッツ履いてエアロビし続けるんですか、その答えがイエスなんですよね。

まあでもまた先ほどのcrystalizeに戻ると、ゾンビ化ということの意味を考えると、自分たちを特定の時代と場所にcrystalizeしたわけですから、それってすごいことだ。

「あの頃に戻りたい」と「あの頃のままでいたい」って全然違うことじゃないですか?

前者は再スタート的な意味も含みますが、「あの頃に戻って時を止める(≒そこで死ぬ)」にも終わりがあるけど、終わりないんだよ!?それでいいの!?

 

まあ個人的には何があろうと #推しは永遠なり だけど...

 

とまぁ、今回は比較的短めだったけど書きたいこと書けてよかったな〜

他にも下書きが三つくらいあるし、言語化したいこと盛りだくさんですけど、どれもタコとか色の記事みたいに大論文化しそうで、精神と身体にバグがきているここ最近の私の手には負えませんでした....

今書いていても消化器官と視界がバグっているので、敢えてケーキを食べて呼び水ならぬ呼びゲロを目論んでるレベル。

カフェで三時間で描き切ったそ"お"〜〜〜〜

ブログ、続けたいから続ける、続けるために続けるというのももちろん一つの大切な目的ではあるし、そこから生まれる何かもあると思うんですが、私の場合は書きたいことありきというのは譲れなかったので...

うまく中間地点が見つかって、よかったね!!!!

 

病に臥せっているとドラマ見ることくらいしかできないので、でもそのドラマ選びが難しい。

個人的にはちょうどいいのが、今の時代を描いているわけでもなく、私に全く関係なく、それでいて全く興味が湧かないわけでもなく...でもbinge watchingではなく作品としてきちんと見たいものがいい、となると、ノス滾るしかなかったのかな...?

まあでも推しが出てる限りぶっちゃけストーリーとかあんま関係ないよね!!!!

 

今までの記事では画像とかリンクを入れまくるの好きだったんですけど、カフカが『変身』で毒虫を描くのを許さなかったように、文章だけで見た目を伝えてみたかったので、文中には入れませんでした、っていう三秒前に思いついたかっこいい言い訳は嘘で、画像がないと読み込みやすくてスクロールしやすいのと(この期に及んで一応読者は欲しい)、めんどくさかったから!

でも紹介したドラマたち、素晴らしい作品なので私のレビューというか分析は別としてみてほしいので、以下リンクとか画像貼っておきますね。

 

・American Crime Story Season 2: The Assassination of Gianni Versace Trailer(予告)

https://youtu.be/xL_qpDkF5A8

(サムネバージョンでなぜか貼れないのでリンクのみでご愛嬌...) 

・ドナテラ役ペネロペ様ACS公式インスタグラムより)

www.instagram.com

・『下妻物語・完 ヤンキーちゃんとロリータちゃんと殺人事件』嶽本野ばら

f:id:heavyd:20191123012415p:plain

https://www.shogakukan.co.jp/books/09408484

・Why Women Kill(予告)

https://youtu.be/rFYNqmKdaoI

ルーシー・リュー様 Simone役ビジュアルwww.instagram.com

・"Kill Bill"よりユマ・サーマンとのオフショット(最高かよ)

f:id:heavyd:20191123012726p:plain

https://www.reddit.com/r/pics/comments/ajvpa9/uma_thurman_and_lucy_liu_on_the_set_of_kill_bill/

・AHS 1984 (予告)

https://youtu.be/aSRQRiw4xwc

・Cody Fern様 史上最強ビジュアル(公式インスタグラムより)

www.instagram.com

・ハイレグwork out 参考動画 "I have a bad case of diarrhea"

https://youtu.be/ws5cSIdrd8I

読んでいただきありがとうございます、またね〜

 

https://i.ytimg.com/vi/NvxZyl7frzI/hqdefault.jpg