きよかのブログ

高等遊民を目指します。

それからはタコのことばかり考えて暮らした

連想ゲーム まえがきにかえて

タコが頭から離れなくなること、数週間。

なんでタコなのかわからないんですけど、頭から離れないものがあると割といい記事が書けることがあります。

「降りてくる」憑依系トピックは実は昔の出来事や経験から無意識に追い求めていたものだったりする。

そしてインスタグラムのストーリーで連想ゲーム的に「私のなかのタコ」をいくつかアップロードしてみると、「この作品面白いですよ」と勧めてくれる人が出現したりするのです。(ありがとう!!!)

でも私の悪い癖で、興味のあることは自分のキャパシティを超えても追求して形にしないと気が済まない傾向にありまして、今回もそんな感じでした...

締め切りのある論文でもないのになぜこんなことを自分に課しているのかわけがわかりません。

運良く資料がこちらでも手に入ってしまったがために読まずにはいられなかった!

インターネットに感謝です。

でもなんでタコなんだっけ、大モトのきっかけはなんだったかな、友達が使ってたフェイスフィルターだったかな?

www.instagram.com

そうそう、好きなインテリアショップがタコ型ランプスタンドをリリースしたりもしていた。

www.instagram.com

あと使い道がわからないアブノーマルな雑貨をノーマルな雑貨棚に平然と陳列するのを得意とすることで有名なおちゃめな雑貨屋、FLYING TIGERで1ユーロの指をはめられる触手を見つけてしまったりして...

 触手の威力はすごいですよ、買ったあと指がシワシワになるまで一日中つけていましたからね。

私だけでなく、家に友達が来るとずっとそれで遊んでいます。

「今日何してたの?」

「タコの触手を買ったんだよね〜!」

というその後の会話が弾むこと間違いナシ。話題作りにも最適! 

閲覧注意ですが、映画『オールド・ボーイ』のタコの踊り食いシーンもYoutubeに転がっていました。参考までに。

youtu.be

How to じゃないだろ(笑)

うん、あとはファン唾涎の黒手塚作品のなかでも『蛸の足』というタイトルからオチがバレバレなのにちゃんと戦慄する短編があります。

https://tezukaosamu.net/jp/manga/img/m0249/m0249_01.jpg

蛸の足|マンガ|手塚治虫 TEZUKA OSAMU OFFICIAL

ドイツの生物学者、エルンスト・ヘッケル(Ernst Heckel 1834- 1919)の絵がインパクトと知名度的には一番強いのかな。

左右相称動物(Bilateria)の特徴を捉えつつ、よく見ると実はちゃんと各足に個性があって良い...

パブリック・ドメインの高画質画像で舐め回すように見よう!

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Haeckel Octopus | This image is in the PUBLIC DOMAIN. Attrib… | F

本はね、はい、もちろんお馴染みのTASHCENからなんと鈍器としても使えるXXLサイズで出ていますのでね。

www.taschen.com

あ、ビートルズがOctopus's Gardenという可愛い歌を作っているので、よかったらBGMにどうぞ。

youtu.be

前置きはここまでにして、それでは本編に行きましょうか。

 

『タコの心身問題』/『動物の知性が分かるほど人間は賢いのか』/『ウムヴェルト』

前から気になってはいたのです。

あっ!ほらまたヘッケル出てきました。

(長い前置き、無駄じゃなかった〜!) 

https://www.msz.co.jp/_cover/front/08757_big.jpg

タコの心身問題:みすず書房

https://images.macmillan.com/folio-assets/macmillan_us_frontbookcovers_350W/9780374227760.jpg

Other Minds | Peter Godfrey-Smith | Macmillan

お、英語版でも同じ表紙だ〜!

これはもう、すっごくおすすめ。

哲学者兼スキューバダイバーが生物学的観点から書いているわけですから、面白くないわけがないんだけど英語版だと難しいかなって思うやん。

だから表紙かわいいけど読みたくないな~しかもこっち英語版しか手に入らないしな~って思ってたんですけど、もうタコ週間だからって覚悟決めて読み始めたら止まんない!

生物学的専門用語以外は口語口調の優しい文体でスラッスラ内容が入ってきてしまいます。

むしろ英語も日本だと大学入試の英語長文読解くらいなので、高校生でも読めちゃうんじゃない?

ほんとはズキュンと来た表現を一字一句引用したいけど、本編と逸れてしまうので自制自制!

むしろ日本語版気になるなぁ...変に堅苦しく翻訳されていないことを願います。

生物学の先生って面白い人多かったな〜とか思い出しました。

まあ作者は哲学者なんだけどね。

Why↔︎Howの問いの立て方にも注目〜!

イントロに感動しますよ。(せめてここだけは引用させてくれ)(下線と強調by私)

So this is a philosophy book, as well as a book about animals and evolution. That it’s a philosophy book does not place it in some arcane and inaccessible realm. Doing philosophy is largely a matter of trying to put things together, trying to get the pieces of very large puzzles to make some sense. Good philosophy is opportunistic; it uses whatever information and whatever tools look useful. I hope that as the book goes along, it will move in and out of philosophy through seams that you won’t much notice.

使えるものは分野を問わず使う」という、学際的な知的探究心が垣間見える、クラクラしてしまう文章。

今まで何に対しても「素晴らしいものへの感動」の比喩としてオーガズムを使っていたんですけど、ここではそれを通り越してfaintedです。卒倒~!

しかもこのOpportunisticという姿勢を筆者はタコから学んだのだということが読み進めていくうちに見えてくるのですが、ちゃんとイントロで暗示してるのがいいよね...

Opportunisticは検索すると日和見主義と日本語訳が出てくるけど、それだとちょっとイメージがずる賢すぎるかな。

文中では周囲と自己のバランス感覚に優れていることを指していると思う。

今チャプター4なんですけど、そこまで全然タコが出てきてないのも笑える。

ちょいちょい出てくるんだけど、本全体のアプローチが「人間の脳について考えるうえでタコを比較対象として取り上げるとしっくりくる部分がありますので登場してもらいました」という感じなので、anthropocentric、人間中心的っちゃそんなかんじ。

そこでアッッッ!と思って並行して読み始めたのがこの本。バーン!

https://cdn.wwnorton.com/dam_booktitles/266/img/cover/9780393353662_198.jpeg

Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are? | W. W. Norton & Company

日本語版はこちら。直訳ですね。

https://www.kinokuniya.co.jp/images/goods/ar2/web/imgdata2/43140/4314011491.jpg

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか / ドゥ・ヴァール,フランス【著】〈de Waal,Frans〉/松沢 哲郎【監訳】/柴田 裕之【訳】 - 紀伊國屋書店ウェブストア

これ、牧村朝子さんがだいぶまえにツイッターで紹介していて、「ひれ伏した」といったようなことを仰っていました。(オリジナルのツイート見つからず。すみません)

ひれ伏すとまではいかなくても、このタイトル読んでハッとさせられたのは私だけではないはず。

アンタらさんざんうちのネコちゃんは賢いだなんだ言ってるけど、それってすごくウエメセな発言ってわかってる?

人間が生んだ「賢さ」っていうものさしで他の動物を測るってそもそも何様?

人間は頭が良いから他の動物の頭の良さもわかるはず」って結構おこがましくない?

と、もう一刀両断なわけ。

なんと作者がオランダ出身ということが読んでいるうちに判明し、会いに行けたら会いに行きたいなー!

とか思ったのも読み始めてからで、難しそうで今まで読んでなかったんだよね~

でも読んで正解でした。

めちゃくちゃ頭良い人がパンピーに向けている、優しくわかりやすく、しかもユーモアもプラスして書いてる文章ってジャンル問わずなんでこんな脳内に快楽物質分泌されるんだろ?????

とりあえずタコ週間なので、イントロとタコの部分を抜粋して読んでいるところ。

タコの心身問題と被ってる部分もあるよ。↓

https://media.giphy.com/media/ZmTJBhmeyd83K/giphy.gif

<ココナッツの殻の中に入って防御力が上がったタコの図>

かわいいー

この行動についての詳しい解説は各本文で!

タイトルについてきちんと説明している部分があって、とーーーってもかっこいいし、他分野の研究でも最重要視されるべき部分をもう抜粋しましたので!!!!

動物兼人類のあなたも読んでいただきたい。

---why is humanity so prone to downplay animal intelligence? We routinely deny them capacities that we take for granted in ourselves. What is behind this? In trying to find out at what mental level other species operate, the real challenge comes not just from the animals themselves but also from within us. Human attitudes, creativity, and imagination are very much part of the story. Before we ask if animals possess a certain kind of intelligence, especially one that we cherish in ourselves, we need to overcome internal resistance to even consider the possibility. Hence this book’s central question: “Are we smart enough to know how smart animals are?” The short answer is “Yes, but you’d never have guessed.”

頭の良いヒトは動物の賢さを理解する能力を持ち合わせてはいたかもしれないけど、その能力を実際に深く掘り下げるどころか、気づくための想像力さえ持ち合わせていなかったのではないか。

気づいた部分もあくまで人間の知識の管理下に置いているけれども、私たちが知らない部分なんてたくさん見つかるだろうし、その可能性を私たちの手で狭めるのはお門違いじゃなーい?

でもやっぱり研究という点ではヒトがその役割を担っているかもしれない。

じゃあ人間を動物たちとの関係の中でどう位置づければいいのかについてもまたまたかっこいい一文が。

The comparison is not between humans and animals but between one animal species—ours—and a vast array of others. Even though most of the time I will adopt the “animal” shorthand for the latter, it is undeniable that humans are animals. We’re not comparing two separate categories of intelligence, therefore, but rather are considering variation within a single one. I look at human cognition as a variety of animal cognition. It is not even clear how special ours is relative to a cognition distributed over eight independently moving arms, each with its own neural supply, or one that enables a flying organism to catch mobile prey by picking up the echoes of its own shrieks.

「同じ釜の飯を食った仲」ならぬ「同じノアの方舟乗った仲」。まじで。

分野に限らずよくあることなんですが、自己中心的考え方はこのvariationというとこが抜け落ちてることが多いと思います。

spectrumとかもいいですね。

もう無限すぎて想像つかないじゃん、それを「わかんないです〜だからその豊かさをできるだけわかりあっていきましょう」っていう謙虚さを忘れずにいこうよっていうね。

関連してウムヴェルト(Umvelt:環世界)という概念も面白くて素敵ですが、中二なんですが、私の文章力より五十嵐大介大先生の圧巻の画力がまじで百聞は一見にしかずなんで、漫画読んでみてください。

http://bkmkn.s3-website-ap-northeast-1.amazonaws.com/9784063882476/9784063882476_w.jpg

『ウムヴェルト 五十嵐大介作品集』(五十嵐 大介)|講談社コミックプラス

この概念をさらに深く掘り下げたのがディザインズです。

http://bkmkn.s3-website-ap-northeast-1.amazonaws.com/9784063881240/9784063881240_w.jpg

『ディザインズ(1)』(五十嵐 大介)|講談社コミックプラス

三巻まで出てるよ!

ウムヴェルト自体は何度かブログで取り上げている國分功一郎先生の『暇と退屈の倫理学』を通して知りました。

https://www.ohtabooks.com/assets_c/2015/02/9784778314378-thumb-autox260-7198.jpg

暇と退屈の倫理学 増補新版 - 太田出版

とくにスマホで読んでいる方、指つってると思うんですけど、ここで今止まるわけには行かないのです。

今更ながらはてなブログにはページ切り替え機能がない=長文ブログに向かないことに気がつき、もうどうしようもないんだけどなー他の機能は好きなんだけどねー

なんかよいアイディアあったら教えてください。

冒頭に目次を載せているので(それ以外技術的なアップデートがない笑)、疲れたら利用してもらえると助かります。 

 

『動物奇譚集』/下水道のタコ/タコのオートファジー

タコにや動物ついて考えていて、次に思い浮かんだのがこれ!アイリアノスによる動物奇譚集ー!

英語版も日本語版も大学出版とは思えないくらい表紙がかわいい。

http://www.kyoto-up.or.jp/upload/book/book_2184_20180901085459.jpg

京都大学学術出版会:動物奇譚集 1

http://www.kyoto-up.or.jp/upload/book/book_2186_20180901085746.jpg

京都大学学術出版会:動物奇譚集 2

これ、河島先生という西洋古典学の専門家で、世界中のかわいい猫の切手をツイッターで定期的にアップしているというもう素晴らしい方が呟いていて見つけた本です。

このページを見れば一目瞭然なのですが、京都大学出版会の西洋古典叢書シリーズのなかでこれだけ表紙がめちゃめちゃかわいい。やったね!

ポンペイのモザイクを思わせる素敵な表紙。

京都大学学術出版会:シリーズ: 西洋古典叢書

百科事典のエントリーというか、短編ぽくて小噺なので「へー」ってかんじでどアマチュアでも読めます

日本語版のタイトルもいいですよね。

英語版だと"On Nature Of Animals"(ギリシア語の原題のほぼ直訳)で、「奇譚」みたいなひねりはないんですね。

こちらの表紙はブレーメンの音楽隊っぽくてかわいい。

http://tupress.org/img/upload/aelian_front_72.jpg

Aelian’s On the Nature of Animals: Trinity University Press

二冊を読み比べてみると、京都大学出版会のもののほうが原作に忠実かと思われます。

英語版のは内容も部分抜粋がまとめられて一冊に対し、二冊分あってけっこう分厚かったし。

見つけた当時はちゃんと読まなかったけど私はもうこの本に絶対タコ載ってるんじゃないかな!?って思ったらほんとに載ってて感動したんです。

しかもけっこうエントリー数多め。

でもボロクソに書かれてる。なぜ???

英語版から抜粋します。

まってまって、その前にプロローグを読んでおこう!

The humans are wise and just, and take care of their of children, and honor their parents appropriately, and feel themselves, and protect themselves from other's schemes. and posess other gifts of nature should not strike anyone unusual. Humans have the gift of speech, the greatest gift of all, as well as reason, which is always of use. Humans also know how to revere and worship the gods. It is, however, remarkable when animals, which have none of these gifts or knowledge, should nevertheless exhibit some of the best qualities of humans. It requires a sharp mind and great deal of learning to descern the characteristics of animals, and many scholars have turned to there questions over the years. For my part, I have gathered everything I could learn on the subject here, and put it all into ordinary speech. It seems to me that the result is noteworthy. If you think so, then I hope these words will be useful to you. If not, give them to your father to keep and study. Not everything pleases everyone, and not everyone wants to study everything. Plenty of other writers have come before me, but that should not disqualify me from praise, if it really is true that this learned book is far ranging and well weitten enough to deserve attention.

うーん、言ってることわかるけど、こういうことを言うタイプの人とはあんまり仲良くなれないと思いました。

動物にも読み手にも多様性を期待していないかんじ。

同じこと言うにしても、その単語わざわざ使わなきゃいけなかったの?

当時の知識人階級の人ってこんなかんじだったのかなー

まあもう一世紀生まれの人に今文句を言っても仕方ないけど、マジで今でもこういう奴いるよな。

行き辛い!

エピローグでは「金稼ぎより動物と時間を過ごすことのほうが好き」「網羅的な知識を提示するより読み手を楽しませることが最優先」などと少しマシなことも言っているけど、やっぱり節々に自己中心さが見て取られてこっちが恥ずかしいわ!ってなりました。

アイリアノス氏はさておき、タコの描写を抜粋しましょうか。

The octopus is greedy, sneaky, and voracius and it will eat anything. It is probably the most omnivorous creature in the sea. Here is the proof; in times of hunger, it will eat one of its own tentacles, this making up the lack of prey. When better times come, it grows back the missing limb. Nature thus gives it a ready meal in moments of want.

最初っからけっこう辛口だなー。

雑食で貪欲で、おなかが減ったら自分の足も食べてしまうというイメージ。

ready mealってなんかすごいな。

The octopus is lustful fish,and it couples until all its strength has vanished, leaving it drained and incapable of swimming or hunting. When this happens, little fish and crabs, paticularly the kind called the hermit crab, come down and eat the octopus. They say that this is why octopuses live for only a year and no more. The female octopus is exausted, too, by giving birth so often.

次は過激なセックスライフについて。すごいな。もう体力がゼロになるまでするもんだから、そのガードがガラガラな状態をヤドカリとかが食べちゃうらしい。

だから短命なのか。

最後はけっこう長文なので部分抜粋です。

Octopuses, in time, grow large, as big as whales, and are even numbered among the cetaceans.. There was one octopus as Dikaiarchia, Italy, that grew to be monstrously huge and shunned and loathed the food it could get from the sea, and so it actually got up onto the dry land and grabbed ehatever it could find. It swam up through a sewer that let the waste from from the city flow down into the ocean, and it came up into a house where some Spanish merchants kept their goods, mostly pickled fish in big earthen jars.---

巨大化して海の食べものに飽きたタコが下水道を通じて街中に進出し、スペイン人の倉庫から食料を盗んだらしい。

そのあとにはあまりにもその手際が見事なため、被害者は犯人がタコであることと判明するために時間がかかったことが書いてあります。おつかれ!!!

Octopus is likely get into the trouble, and they're sneaky;those are the characteristics of the creature.

そして最後の一文はまたタコはいけすかん奴や、という感じで締めくくっています。

でも下水道伝ってくるのめちゃくちゃ怖いな。

にしてもスペイン人を選ぶというところに味覚のセンスを感じますね。プルポ。

興味のある人は、タコの下水道伝説について書かれた論文があるのでぜひ読んでみてください。↓

The Octopus in the Sewers: An Ancient Legend Analogue on JSTOR

伝説にしてもワニとかブタも出てきて、下水道の生物多様性に驚かされます。

こういうニッチな論文たまらない。

アイリアノスとプリニウス(『博物誌』の人)のタコに関する描写の比較がなされています。

プリニウスもいいよねー!

澁澤龍彦先生が『博物誌』をペラペラめくってプリニウスの矛盾したり非現実的すぎる描写にツッコミを入れるという、眼福でしかない光景が繰り広げられておりますので是非。

http://www.kawade.co.jp/img/cover_l/9784309412887.jpg

私のプリニウス :澁澤 龍彦|河出書房新社

http://www.kawade.co.jp/img/cover_l/9784309413112.jpg

プリニウスと怪物たち :澁澤 龍彦|河出書房新社

タコに戻しましょうか。

最初の描写に、「自分の足を食べる」タコって出てきましたよね。

これについても論文があるんですよ。

"Autophagy in Octopus" by B. U. Budelmann, 1998

https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.2989/025776198784126502

この論文では自食(Autophagy;オートファジー)は飢餓やストレスによるものではなく、伝染病由来であることが示唆されています。

でもそれだと一本しか足を食べないというのも納得が行く。

本当にお腹ペコペコだったら、次の章で取り上げる萩原朔太郎の詩に出てくるタコみたいに全部自分を食べちゃうじゃん?

でも先述の「タコの心身問題」でタコは触手一つ一つが脳と同等の高度なシステムを持ち、頭部にある脳と独立したり連携したりして動いているって書いてあったので、もし伝染病だとしたら触手(の脳)か、それとも頭の脳にダメージを与えるのかどっちなんだろ。

触手のほうが伝染りやすそうではある。

頭の中では「食べたくない!」って思ってても、触手だけが頭(?)おかしくなって口の中に突っ込んでいくのかも。怖すぎ!

 

萩原朔太郎「死なない蛸」と「その手は菓子である」/『性食考』

最後の章です。

ここではねー、私がインスタグラムのストーリーにタコ関連を上げまくってたら素晴らしい後輩がお勧めしてくれた詩を紹介したいと思います。

後輩の鑑。

まあ最初に読みましょうか。 

死なない蛸

   或る水族館の水槽で、ひさしい間、飢ゑた蛸が飼はれてゐた。地下の薄暗い岩の影で、青ざめた玻璃天井の光線が、いつも悲しげに漂つてゐた。
 だれも人人は、その薄暗い水槽を忘れてゐた。もう久しい以前に、蛸は死んだと思はれてゐた。そして腐つた海水だけが、埃つぽい日ざしの中で、いつも硝子窓の槽にたまつてゐた。
 けれども動物は死ななかつた。蛸は岩影にかくれて居たのだ。そして彼が目を覺した時、不幸な、忘れられた槽の中で、幾日も幾日も、おそろしい飢饑を忍ばねばならなかつた。どこにも餌食がなく、食物が全く盡きてしまつた時、彼は自分の足をもいで食つた。まづその一本を。それから次の一本を。それから、最後に、それがすつかりおしまひになつた時、今度は胴を裏がへして、内臟の一部を食ひはじめた。少しづつ他の一部から一部へと。順順に。
 かくして蛸は、彼の身體全體を食ひつくしてしまつた。外皮から、腦髓から、胃袋から。どこもかしこも、すべて殘る隈なく。完全に。
 或る朝、ふと番人がそこに來た時、水槽の中は空つぽになつてゐた。曇つた埃つぽい硝子の中で、藍色の透き通つた潮水しほみづと、なよなよした海草とが動いてゐた。そしてどこの岩の隅隅にも、もはや生物の姿は見えなかつた。蛸は實際に、すつかり消滅してしまつたのである。
 けれども蛸は死ななかつた。彼が消えてしまつた後ですらも、尚ほ且つ永遠にそこに生きてゐた。古ぼけた、空つぽの、忘れられた水族館の槽の中で。永遠に――おそらくは幾世紀の間を通じて――或る物すごい缺乏と不滿をもつた、人の目に見えない動物が生きて居た。或る水族館の水槽で、ひさしい間、飢ゑた蛸が飼はれてゐた。地下の薄暗い岩の影で、青ざめた玻璃天井の光線が、いつも悲しげに漂つてゐた。

萩原朔太郎『宿命』より

萩原朔太郎 宿命 (青空文庫

最初から余談ですが、体の旧字体の「體」、良いですよね。

あーそっか、骨の周りに豊かな肉ついてんだーって。

脂肪がついた体は完全体ではなく、恵まれてるんだよね!

 

さっきのオートファジーの論文はさておき、この朔太郎版のタコがいてもおかしくないと思う。

このタコが自分を食べたのは、本質的には飢餓からではなく孤独からだと思います。

飢餓からくる孤独?

孤独からくる飢餓?

ぐるぐる。

詩の内容自体は哲学的な問いを含んでいる気がします。

食べる主体と食べられる客体が同じものである場合、食べ(られ)たあと残るのはどっちなんだろう。

主体が残ったみたいですね。

でも意識という点では残りそうですよね。

体がなくなって「死んだも同然」は「死」とは異なるわけで、ここにいるタコは果てしなく前者に近いけれども、後者ではないのです。

タコはこれを理解したうえで、食べてみたんですよね、何かが満たされると思って。

でも結局何も満たされなかったというのは、冒頭の描写が最後に繰り返されていることで読み取れます。

最初からいなかったも同じだから、実際にいなくなっても同じ。

伝染病説が果てしなく他者や環境に依存しているのに対し、この動機は孤独から生まれて、孤独しか生まない。

 

英語版もけっこうよく訳されているので見てみてね。

The Octopus That Does Not Die

 In a water tank of a certain aquarium, for a long while, a starving octopus was kept. In the underground dim rock shadows, pale crystal ceiling rays of light always drifted sadly.

 Everyone, all of the people, had forgotten about this dim water tank. It was thought that the octopus had died long ago. And only rotten seawater, in the dusty sunlight, always stagnated in the glass window of the tank.

 Nevertheless the animal did not die. The octopus has been hiding in the rock shadows. And when he woke up, in the unhappy, forgotten tank, for days on end he had to endure terrible starvation. When there was nothing to eat anywhere and food completely ran out, he tore off his leggs and ate them. First, one leg. Then, another. Then, finally, when all of them were uttely gone, this time he turned his body insideout and started to eat his intestines. Little by little from one part to another. In neat order.

 Thus the octopus finished eating all of his body. Epidermis, brains, stomach. Every part,leaving nothing at all. Completely. 

 One morning, when the keeper happened to come by, he found the water tank empty. Behind the the cloud dusty glass, transparent indigo seawater and willowly seaweed was moving. And in no corner of any rock was the creature visible any more. The octopus, had actually, utterly vanished. 

 Nevertheless octopus did not die. Even after he disappeared, he still was eternally alive there. In the antiquated, empty, forgotten water tank of the aquarium. Eternally ーmost likely throught many centuriesーan animal with a certain horrivle deficiency and dissatisfaction was alive, invisible to human eye. 

English transration from "Cat Town" by Sakutarō Hagiwara, translated from the Japanese by Hiroaki Sato

https://cdn.shopify.com/s/files/1/0726/9203/products/Cat-Town_1024x1024.jpg?v=1528395438

Cat Townwww.nyrb.com

ちなみにこのタコが自分を食べている様子を図解しようとしたんですが、すごく難しかったです。インサイドアウト!?

よせばいいのに朔太郎先生のほかの作品もチラリと目を通してみましたらこんなものが見つかってしまったんです。 

その手は菓子である

そのじつにかはゆらしい むつくりとした工合はどうだ
そのまるまるとして菓子のやうにふくらんだ工合はどうだ
指なんかはまことにほつそりとしてしながよく
まるでちひさな青い魚類のやうで
やさしくそよそよとうごいてゐる樣子はたまらない
ああ その手の上に接吻がしたい
そつくりと口にあてて喰べてしまひたい
なんといふすつきりとした指先のまるみだらう
指と指との谷間に咲く このふしぎなる花の風情はどうだ
その匂ひは麝香のやうで 薄く汗ばんだ桃の花のやうにみえる。
かくばかりも麗はしくみがきあげた女性の指
すつぽりとしたまつ白のほそながい指
ぴあのの鍵盤をたたく指
針をもて絹をぬふ仕事の指
愛をもとめる肩によりそひながら
わけても感じやすい皮膚のうへに
かるく爪先をふれ
かるく爪でひつかき
かるくしつかりと押へつけるやうにする指のはたらき
そのぶるぶるとみぶるひをする愛のよろこび はげしく狡猾にくすぐる指
おすましで意地惡のひとさし指
卑怯で快活なこゆびのいたづら
親指の肥え太つたうつくしさと その暴虐なる野蠻性
ああ そのすべすべとみがきあげたいつぽんの指をおしいただき
すつぽりと口にふくんでしやぶつてゐたい いつまでたつてもしやぶつてゐたい
その手の甲はわつぷるのふくらみで
その手の指は氷砂糖のつめたい食慾
ああ この食慾
子供のやうに意地のきたない無恥の食慾。

萩原朔太郎『青猫』より

萩原朔太郎 青猫 青空文庫

エッッッッッロ!

ちょっと待ってください。

タコはどこいった、というくらい。

あとでちゃんと戻るとして、まずこの詩を吟味するということでよろしいでしょうか。

これはね、確実に人間の手を食べたことのある人間の発言です。

(『週刊新潮』の「黒い報告書」コーナーで見ました!)

少なくとも好きな俳優の手形でマドレーヌを焼くためにハリウッドに行くタイプの人間の発言。(!?)

とか言って表向きにはタコの踊り食いや丸焼きタコせんべいには苦言を呈していそう。怖い。怖いわぁ〜

といっても手フェチの人には少なからず共感できてしまうのが怖いところ(私だけではないはず)。

そこには単なる「食べたいから美味しいお菓子に例えてみました、そうしたらみんなに伝わりやすいと思ってw」以上の描写力の凄まじさからくる説得力の強さを感じます。

私は読んだあとにみたらし団子が食べたくなりましたね。

詩に書かれていないのに!

たしかに赤ちゃんの手とかってみずみずしくって美味しそうだなと思ったことあるし、世が世なら私は食べている側の人間です。#ちぎりパン選手権

あとは人の手は結構見ますね。

食べる対象にはならなくてもタイプの手はあります。

ここで話し出すと朔太郎との手フェチ一騎打ち五月場所が開幕してしまうのでやめますけれども。

はい。

タコに戻します。

ここにあるのは「死なない蛸」の飢餓から来る食欲ではなく、もう「子供のやうに意地のきたない無恥の食慾」なのです。

だから菓子(=嗜好品)に例えられているのでしょう。

デザートは別腹。

子どもはなんでも口に入れてみる傾向がありますが、朔太郎は子どもより意地汚いですよ。

なぜならばことば巧みに自らを正当化する術を持ってしまっているからです。

この詩で描かれているのは、ダメとわかった上でやっているダメな大人が対象の魅力について微細にわたり説明することで共感する仲間を増やし、自らの変態性の市民権を得ようとしている姿です。

ダメ、ゼッタイ。

でもこのブログにおける試みもそういうことっちゃそういうことなんで、またまた非常に共感できてしまうのが悩ましいところ!

タコの詩だけでなく二つを並べたかったのは、朔太郎は飢餓による食欲(「死なない蛸」)と、好奇心や性的対象としての食欲(「その手は菓子である」)の違いをよく心得ていたのではないか、と思ったから。

経験者ですね。

常識的には両方タブーですよね。

お腹が減ったから自分を食べてしまうというのも、興味本位で不可食且つ同族なものを食べるというのもね。

でも常識なんかあるところに文学作品は生まれませんよね。はい。

こういう正解のない問いは、どんどん国語や倫理の授業で取り上げるべきですね。

それでですね、これはまた『性食考』という素晴らしい著作を併せ読むことでぜひ深く追求していただきたい。

芥川龍之介の「僕は文ちゃんが御菓子なら、頭から食べちゃいたいくらい可愛いと思ってます」という愛くるしい恋人への手紙から、

かいじゅうたちのいるところ」のかいじゅうたちによる主人公へのセリフ、「おねがい、いかないで。おれたちは たべちゃいたいほど゙ おまえが すきなんだ。 たべてやるから いかないで。」などをヒントに(性)愛と食が交差するタブーな瞬間を民俗学的観点から掘り下げた長編傑作です。

なんとなく概念は分かるけど、それって研究対象になるの?触れていいの?という、研究分野のタブーにも踏み込んでいる。

https://www.iwanami.co.jp//images/book/297922.jpg

性食考 - 岩波書店

書いていて「あらしのよるに」「おまえうまそうだな」などの名作も思い出し、思い出し泣きしてしまいました。オオ...

文化人類学視点から読むとなんかまた新しい観点が得られそうだね!

英語版が日本語に負けず劣らず変態まっしぐらなので電車の中で読まないでください

THE HAND IS A CAKE

Look at the way it's truly lovely, and ample

look at the way it's round and full, swelling like a cake

take the fingersーthey are svelte, graceful

and just like tiny blue fish 

the way they are gently wafting, I can't stand it

ah, I want to kiss the hand

put my mouth on it and eat the whole thing

what clear-cut roundness of fingertips

look at the air of these mysterious flowers blooming in the vallerys between the fingers 

they gace the frangrance of musl and look like slightly perspiring peach blossoms.

A woman's fingers ever so elegantly polished 

fingers perfectly fitting, snow-white and slender

fingers that hit the piano keys

fingers for labor that hold a needle and sew silk

the way fingers workーthey snuggle up to a shoulder yearning for love

let theirt nailtips touch slightly 

the particulary sensitive skin

scratch it with nails lightly

and pretend to press it lightly, firmly

the joy of love that trembles visibly, the fingers that tickle violently shrewdly

the standoffish and mean forefinger

tricks of the cowardly, spry small finger 

the thumbs's obese beauty and truculent brutaliyy 

ah, I would like to gratefully receive one smoothly polished finger 

have it slip into my mouth and suck on it, suck on it forever and ever 

the back of the hand is the soft rise of a waffle

ごちそうさまでした! 

 

うまくまとまらないのでイラストでごまかす

生物学にも文学にもアマチュアな私が気の赴くままに探してみた資料を目の前にして、偉そうなことなんて何一つ言えるわけないじゃん。

興奮や面白さが伝わればいいかな!

そこは自信あります。

でもずーっと頭のなかがタコだらけだったので、思わずイラストにしました

お絵かきめちゃくちゃ楽しいですよね。

飲まず食わずで没頭しちゃう。

そこで生まれたのがオートファジーガールのタ子(ユウコ)ちゃんです!

f:id:heavyd:20190531215057j:plain
まあイラスト面でもド素人なので、よく見ればわかるんですけどレイヤー機能がわからず消しゴムを使用した際に後ろのグリッド線も消失しました。

チャームポイントは爛々と黄色に輝く眼です。

最初はカタカナのタに子だったのですが、友達に間違われて読まれた結果、ユウコと読ませたほうがしゃれてんな、と思い変更。↓

もちろん着ないけど、ベルサーチのメデューサのロゴが好きなんじゃい!!!!!

こう、自分ではうまく画にできないことを描いてくれる、専属イラストレーターがほしくなりました。

www.instagram.com

ギュスターヴぎゃんかわ!

 

お知らせ

はい、以下お知らせでございます。

ブログ二周年記念のお題募集!

実は次月、6月でブログ二周年記念なんですよー!

インタバールはあれど、ここまで続いてることってなかなかないので嬉しいです。

いつもインスピレーションを与えてくれ、それらを追求する環境におかれていることに感謝感激ですね。

何についてどう思っているのか、ではなくこのトピックを提示した時に何を思い浮かべますか、どういうアプローチをしますか、という質問の方が答えやすいです。

意見はあんまり持たないんですけど、連想ゲーム好きなので。

本のお勧めも大歓迎。

この記事もいろんな人からのヒントで成り立っているので、なんかそういうよりインタラクティブな場にできればいいなと思っているのです。

横文字多いな! 

ささやかなポリシー変更

気づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、amazonの書籍リンクを今回の記事から使わないことにしました。

恥ずかしながら始めた当初はアフィリエイトで小遣い稼ぎできるかなwなんて大きな夢を抱いていました。

はてなブログを選んだのも、amazonリンクが選べて入れやすいから。

でも書いているうちにお金を稼ぐには内容が伴っていないし、この記事が特にそうですが稼ぐつもりもないし笑、より重要で私の本との関わりの体験により近いものを優先することにしました。

というわけで本が出された出版社のリンクを本の画像の下に置いています。

現在住んでいるオランダにamazonがないから利便性に嫉妬している、というのもあるんですが(あるんかい)、 出版社のページの方が画像や要約の質が良いというのと、関連して見えてくる本もamazonの”人気本”ではなく、本に携わっているプロの目利きによるおすすめが反映されていると感じたからです。

出版社で本の質がわかる(=本質、おおお〜)という点でも便利ですしね(学術書か否か、など)。

あと出版社のカラーとでもいいますか、そういうのも見えて楽しい。

本質的には好きなブランドのオンラインショッピングと変わらないです。

私は好みの本屋と出版社のアカウントをインスタグラムとツイッターで追いかけ回していますが、そこまでしなくても気になった本があったら出版社まで遡ることをおすすめします!

アクティブな方はオンラインで良い本が見つかったとしても、本屋さんや図書館に赴いてその本が置かれている場所を確認し、隣り合う本も見渡してみてください。

自分で見つからなかったら、店員さんに訊いて、そこで本を持ってきてもらうのを待つのではなく棚までついていく

これを極めますとですね、店員さんに訊いたくせに一緒になって探しているうちにフロアの構成を知り尽くしていたため自分で先に見つけるという巧妙な営業妨害に発展したりします。エエェ

我ながら書いていて狂気を感じますが、日本が出版不況と囁かれるなかで、日本に住んでもいないし書店員でもないし出版社勤務でもないただの本ファンがリモートでできるのはこれくらいですかね、と思いささやかながらお力添えをさせていただければと思っております。

内沼晋太郎さんも本屋の単位の多様性について書かれておられましたし。↓

note.mu

てか、普通に考えて本の名前をオンラインで検索した時に、amazonやらの販売サイトが出てきて、「出版社」とかキーワード足さないとどこの出版社が出したのかさえあまり表に出されてないのやばくない?

わからなすぎて一回amazonに飛んで出版社名をコピペしてまた検索しなおすという。

出版社の情報って個人的にはスーパーの野菜コーナーで作った人の顔写真貼られてるのと同じくらい重要なんだけど。

いや、それは作者か。

うーん難しいな。

私がオタクなだけなの?

まあ最終的にamazon、出版社のサイト、本屋のどこから買うにしろ、筆者と同じくらい出版社に着目すると普通に読書の幅広がると思うんでやってみてください。

 

おわりに

使えるものは何でも使う

先ほど「タコの心身問題」の作者の学際的知的欲求心に心を打たれた、と書きました。

でも私も同じで、インスプレーションのためなら、手が出しにくくて全部読むのに時間がかかる本や論文だけでなく、普段つい見てしまうインスタグラムやピンタレストをむしろ積極的に活用していきたい。

私が伝えたい内容をよりわかりやすく伝えるためなら、イラストも描いてみる。

最初から入力・出力方法を限定してしまうのは時代錯誤です。

同じ内容でも入口や出口が違ったら、色々な人が面白さを見つけてくれるかもしれない。

それがまた次のインスピレーションに繋がる。

最近David Hockneyの展覧会にも行ったのですが、彼はiPadを常備していつでもどこでも描けるようにしているそうです。

ひと昔だったら「絵は絵の具をきちんと使わないと絵じゃない」なんて言う人もいたかもしれません。

一方で、彼の表現は常にコンテンツを最優先して方法が後から付いてくる。

絵画だけでなく写真の作品が多いのもそのためで、iPadによる絵はその延長に過ぎないのではないか。

真似していきたい姿勢ですね〜

こういうことをずっとやっていたい

私がこの記事でやりたかったことって、多分時代を問わず各界の専門家を並べて、脳内タコ大会議を開くことだったんじゃないでしょうか。

生物学者脳科学者、博物学者、作家をお呼びしてとりあえずずっとタコについて話させる。

別に誰が正解とかないんで、各々の役に立ちそうな部分を吸収してもらえればオッケー。

私はその横で「へ〜オートファジーねェ」とか言いながらホワイトボードで書記を務める傍ら落書きをしている、みたいな。

場所は釜山の海鮮市場かな?

まあ脳内でできているので世話ないですけど、タイムマシンがあったらやっちゃうな〜

おわりのおわりに

はい、今回も万が一ここまでたどり着いた方がいらっしゃいましたらありがとうざいます!

いつも月末の一週間前くらいにネタを絞り切って、その一週間で自分で設定している月末という締め切りに向かって書くのですが、今回は体調を崩してしまい大変でした。

風邪を引いたんですけど、もうその理由がどうしようもないのでここで消化することにいたしますね。

MANGOの夏のリネンシリーズが鬼アツくて、まあ私もオランダに夏いつくるかわからないけど買ったわけなんです。激かわトップスをね。

肩紐が太い大人っぽいキャミソールです。

でも気温だだ下がりで全然着る機会なくて、部屋の隅に置いておいていたんですけど、そしたらある日家に帰ったらそのトップスがラー油に浸かってたんです。

なぜ?????????

その辣油もすごいお気に入りのラー油で、辛そうで辛くない少し辛い辣油って日本でも一時気流行ったじゃないですか。

もうこれかけておけばおk。みたいなね。

こっちでも似たようなのを見つけてすごく感動してたわけなんです。

たまに開けて匂いを嗅いじゃうくらい。

でも匂いを嗅ぐためだけではもちろんなく、料理は共用キッチンで作るんですけどご飯は自分の部屋で食べるんで調味料が部屋に置きっぱなしなことが多くて、ラー油とゴマとコショウはお引越ししてたんですよね私のお部屋に。

でもなんでよりによってトップスとラー油が急接近しちゃうの?

何私のお気に入り同士で私がいない間に仲良くなってんの? 

という嫉妬と怒りと疑問が混ざった感情でもう最初手洗いして洗濯機にぶち込んで、それも手洗いモードであらったけれども匂いだけはとれなくて、でもかわいいから部屋で着ちゃお!って着て窓際で夜遅くまでタコに関する本読んでたら次の日風邪ひいてました。

それで最初喉に来て今鼻ですね。

耳もすごく気持ち悪い感じで、なんかボコボコ言っててよく聞こえないです。

ダイビングしているわけでも飛行機に乗っているわけでもないのに耳抜きをしなきゃいけなくて、私はもう東南アジアの離島でタコと泳ぎたいでーす!

 

それではまた来月ー!